神戸ポートタワー僕おかんとドキドキおとん(どっちにしても怒られる) 

神戸ポートタワー僕おかんとドキドキおとん
(どっちにしても怒られる)

おかんから電話がかかってきた。
「あんた、最近ブログ書いてないやん。毎日のぞきに行っても更新しとらへんやないの。ほんまに。心配で心配でたまらんわ。あほ」
と、僕を怒るくせに、以前はこう言って僕を怒った。
「あんた、毎日毎日スケベなことやらしょーむないことばっかり書いて、まじめに仕事しとるんかいな。あほ」

毎日書いても休んでも僕は、おかんからするとただの「あほ」なのです。


幾つになっても子供は子供

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「神戸ポートタワー」僕とおかんと、ドキドキおとん(心で手を出した) 

「神戸ポートタワー」僕とおかんと、ドキドキおとん(その???)
「僕とおかんとドキドキおとん」シリーズはこちら

僕は子供の頃から、色々と問題を起こした。
おかんやおとんにも逆らった。

さすがに親に手出しはしなかったけど、
一度だけ、おかんに、心で手を出した。

大人になってからのことだ。

僕のかみさんが入院をした時、おかんが家に来た。
ちょうどその時、僕は冷蔵庫にあった古いものを捨てる作業をしていた。
それを見たおかんは僕に怒鳴った。
「あほかお前、もったいない」
おまけに「根性なし」とも、ののしられた。(意味不明だった)

かみさんが入院して、ぼろぼろになっている僕をつかまえて、何が「根性なし」だ!
それでも親か!!
頭がまっ白になって、産まれて初めて母親を殴りそうになった。

でも、今考えると、おかんにとって「物を捨てる」ことは許せなかったのだろう。

呪文のように言い続けた「もったいない」「もったいない」が、
僕と弟を育て、
星の数ほど売りさばいた5円や10円の駄菓子が、
家を建てた。

それを思うと確かに、僕は、おかんから見ると「根性なし」だったのかもしれない……。


このシリーズ、次回で一旦おしまいにしようと思っています。
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「神戸ポートタワー」僕とおかんと、ドキドキおとん(シンガー) 

「神戸ポートタワー」僕とおかんと、ドキドキおとん(その18)

その昔、わが、駄菓子屋に「フィリピン人のおねーちゃん」が迷い込んできました。

「あいむ・しんがーあいむ・しんがー」
意味は何か?と、おかん。
「この方は、有名な外国の女性歌手ではないか?」と僕。
「ああ、シンガーね。ミシンの会社だわ」と、おとん。

外人の多い神戸とはいえ、迷子の外人歌手が家に舞い込んで来ることは、まあない。

まずは、カラオケスナックに連れて行って、やんややんや。
「英語で歌とうとる!この子はほんまもんの外人シンガーや」とおかん。
周りの客も、うんうん。

次の日も「外人の女性シンガーが泊まっている」と、町内の人に大自慢。
おかん、連れ歩く連れ歩く。
挙句は、店の前にも立たせて唄わせて、お客さんに大自慢。

「あんた、うちの娘になったらええ。ほんで日本で歌手になったらええ」

数日後、店の周りに「やっちゃん」らしき人物がぞろぞろ。
「うちの女、隠しとるやろ」
「逃げた女、ここにおるやろ」
「おばはん、しょうむないことせんと、女出せ」
そんなおっさんに向かって、おかん
「いやや、あの子はうちの看板娘や、歌手にしたるんや、あんたらには渡せへん、」
おそろしいヤクザ相手に引かなかったおかん。

すったもんだの末、連れて帰られた時、おかん
「自慢の娘やったのに……」泣いてました。





<今、書いた後思ったが、僕ら息子は自慢じゃないのか?>
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「神戸ポートタワー」僕とおかんと、ドキドキおとん(その17)  

「バリバリ本」(遂に弟登場)
「僕とおかんとドキドキおとん」シリーズはこちらから

このあいだ、「弟」に怒られた。
僕の弟は、オタクでスケベで、
おまけに、昔の僕の都合の悪いことだけをよく覚えているので、非常にたちが悪い。

こう言って怒るのだ。
「お兄ちゃんの読んだ後の本は、バリバリだった」
「お兄ちゃんの読んだ後の本は、開かない」
「大事なページは全部、ひっ付いていて、丁寧にはがして読んだ」
(こう書くと、「Hな本」に「Hな液体が張り付いていた」という、そんな青春物語。そうではありません)


「鼻くそ」

読書家なわない少年。

小学校の頃、はたと思いついたのです。
布団に横たわり読書をすると、必ず鼻くそをほじくる。
(これはだれでもすること)

ほじくった鼻くそをポイポイ丸めて捨てれば、またオカンに怒られる。

「そうだ、今、読んでいる本になすりつければよいのだ」

いちいちティッシュを取りに行かなくてもいいし、
「鼻くそのり」のおかげで、読んだところはしっかり閉じられて、読み返す無駄がない。
まさに一石二鳥。
さすがは天才少年。

くりくりぺったん
ほじくりぺったん
そして、漫画一冊読みあがり。
そんな感じの豊かな読書生活ではありました。

所が今。
もう過去はいいじゃないの弟君。
でも
ああ、また、弟が怒っている。


手塚治全集2,940,000円

実は、こんな本も「鼻くそのり」で見事にダメにしていたらしい。
           ↓
420-tezuka

(親戚のおじさんに一式もらったのを、全て「鼻くそのり」で貼り付けてだめにしてたらしい。
はっはっは)


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「神戸ポートタワー」僕とおかんと、ドキドキおとん(その16)  

「神戸ポートタワー」僕とおかんと、ドキドキおとん(その16)
「僕とおかんとドキドキおとん」シリーズはこちら

「お客さんでっせー」

僕が始めて喋った言葉は
「もうしません」
これは以前、書きました。<その続き>

今日は、僕の始めての口癖のこと。

僕の実家が駄菓子屋だった(ことも、何度か書きました。)
超、急がしい駄菓子屋だった。

だもんで、僕は幼稚園に入る前から店を手伝った。
と言っても、まだ、お金を数えたりすることは出来ない。

おかんはと言えば、夕方から駄菓子屋が忙しくなるので、早めに晩御飯のこしらえをする。
(台所が店の隣の部屋にあった)
その間の店番だ。

幼少、5歳。
なわない少年、いや、なわない幼年。
店に人が来たらこう叫べと、インプットされた。

「おかんー。おきゃくさんでっせー」

まるでオウムのような僕だが、文明のない当時には、なかなか重宝な幼少5歳。
「はーい、すんません」とおかんが台所から、エプロンで手を拭きながら走ってきて接客をする。

もちろん、いい仕事をするので、僕はおかんにほめられる。
だもんで、毎日、店に立つ。
稀に来る客。
「おかんー。おきゃくさんでっせー」

「賢い番頭さんや」などと客に言われて調子に乗る。
「おかんー。おきゃくさんでっせー」
「おかんー。おきゃくさんでっせー」

これを言えばみんなが幸せになるんだ。
そんな気がして毎日連呼した。

しかし、天地が変わるような出来事が起こる。

幼稚園入園。

順番に名前を呼ばれる。
「大きな声でこたえてださいね」と先生。
「はーい」と幼稚園児。
「●●さん」「はーい」
「●●さん」「はーい」
「●●さん」「はーい」

いよいよ僕の番。
「なわないさん」



「おかんー。おきゃくさんでっせー」

と、大きな声で叫んでしまったのであります。



いまだに先生のブッタマゲた顔を覚えているぞ。

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