ジャコのベースを聞いておくれ。
ジャコのベースを聞いておくれ。
若いジャコ ←音と絵、出ます。
僕にはWeather Reportの印象が強い←音と絵、出ます。
僕は、実は音楽のブログだったことを思い出したりして、
たまにはこんな紹介もいいかなと思うので……。
昔、ロックというと、不良、ドラッグ、セックス、そして事故、自殺。
早くくして逝くのが美徳のように、突っ走ってあの世へ逝きやがったやつの多かったこと。
僕が思うに、ロックというものがメジャーになった時、思いも知れないギャラと高慢な栄誉と、それに続かない不安が彼らにあったんだ。
マネージメントと天才だけの不良が、まだ、合体しなかったののだろう。
「Jの悲劇」
という、呪縛の言葉があって、
ジャニスジョプリン
ジミヘンドリックス
ジムモリソン
一応、この三人だけど、
このジャコの「J」
僕には、そのもう一人の「J」。
シンプルジャコ←音と絵、出ます。
こんなジャコ ←音と絵、出ます。
幸いかどうか、僕の頭文字は「J」じゃない。
久しぶりに見たYou Tubeで、出会ったジャコは、
この中では元気だなと、みんなに紹介したくなっただけ。
………………………………………………………………
ウィキペディア(Wikipedia)』より抜粋
<音楽経歴>
幼少の頃から地元の聖歌隊に参加し、音楽的な素養を身に付ける。 ジャコが7歳の頃、家族はフロリダ州フォート・ローダーデイルに移住した。 (後年、彼のアルバムでしばしばスチール・パンが用いられるのは、フロリダで過ごした影響が大きいとされる。) フロリダでは、地元のバンド「ラス・オラス・ブラス」でドラムを担当していたが、13歳の時フットボールの試合中に右手首を骨折してドラムを続けることが困難となったため、ベースを弾くようになった。 高校卒業後はフロリダの地元でバンド活動していた。 丁度この頃に手に入れたエレクトリック・ベースのフレットを抜いてフレットレスベースを自作し、360アコースティック・アンプと組み合わせた自分好みの音を作り出していた。フレットレスに改造したのはフェンダーのジャズベース1962年モデル。フレットを入れたままの1960年モデルも愛用していた。
ジャコは「Jocko」というニックネームで呼ばれていた。これは50年代のメジャー・リーグ名物アンパイアから取ったものだった。70年代のある日、アパートの隣に住んでいたアレックス・ダーキィと毎日のようにジャズの練習をしていたが、アレックスが譜面に間違えて「Jaco」と書いてしまったところジャコはこれを気に入り、それ以降自分を「ジャコ」と名乗るようになった。
1975年、パット・メセニーの初リーダー作『ブライト・サイズ・ライフ』に参加。同年、ブラッド・スウェット&ティアーズのドラマー、ボビー・コロンビーとジャコは出会い、1976年にコロンビーのプロデュースで「ジャコ・パストリアスの肖像」を制作した。さらに同じ年フロリダに来ていたウェザー・リポートのリーダー、ジョー・ザヴィヌルに直接自分を売り込んだ。2代目のベーシストのアルフォンソ・ジョンソンが脱退する予定であり、76年には「ブラック・マーケット」でザヴィヌル作の「キャノンボール」と自作の「バーバリー・コースト」の2曲の録音に参加した。 これ以降、ジャコはウェザー・リポートの正式メンバーとなる。
1981年、ワーナーとソロ契約しセカンドアルバム「ワード・オブ・マウス」をリリースする。 このアルバムは米国ではあまり評判とならなかったが、日本では大絶賛された。 翌82年にはウェザー・リポートを離れ、ジャコは自身のバンドで活躍しはじめた。 同年8月には自身のバンドである「ジャコ・パストリアス・ビッグ・バンド」を引き連れて日本公演を行い、大成功をおさめた。 この時の記録は、ライブアルバム「Twins I & II」に収められている。
< 精神疾患と死>
ウェザー・リポートから離れた頃からジャコは荒れはじめた。 ドラッグに溺れたり躁鬱病に悩まされ、ライブ中に奇行が目立つようになり、入退院も繰り返すようにもなった。当時の来日ステージライブ・アンダー・ザ・スカイで全身に泥を塗った格好で登場した事は有名である。 80年代中頃、ライブ活動は小規模ながらも続けており、マイク・スターンやハイラム・ブロック、ケンウッド・デナードとセッションを行っていた。
1987年9月11日、地元のフロリダフォート・ローダーデイルに来ていたサンタナのライブに飛び入りしようとしたところ追い出されてしまい、失意の内に訪れたナイトクラブ「ミッドナイト・ボトルクラブ」に入ろうとしたところガードマンと乱闘となり、意識不明の重体に陥った。 昏睡状態が続いていたが回復が望めず、9月21日に家族の同意のもとで人工呼吸器が外された。 ジャコは35年の生涯を閉じた。
ジャコの80年代における奇行は酒やドラッグによるものと言われて来たが、ジャコの家族の証言によると躁鬱病によるものである可能性が高く、早くからジャコの状態を理解していたらあのような悲劇は避けられたかもしれない。
< トリビア>
ジャコの使用していた1962年仕様のベースがトリビュート扱いで米国フェンダー社(Fender U.S.A.)から発売されている。
彼が生前発表したアルバムよりも、死後発売されたアルバムの数の方が多い。
最後にしぶといソロ
気がつけば、丸一日、ジャコと付き合っていました。
<ブログランキング>
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早くくして逝くのが美徳のように、突っ走ってあの世へ逝きやがったやつの多かったこと。
僕が思うに、ロックというものがメジャーになった時、思いも知れないギャラと高慢な栄誉と、それに続かない不安が彼らにあったんだ。
マネージメントと天才だけの不良が、まだ、合体しなかったののだろう。
「Jの悲劇」
という、呪縛の言葉があって、
ジャニスジョプリン
ジミヘンドリックス
ジムモリソン
一応、この三人だけど、
このジャコの「J」
僕には、そのもう一人の「J」。
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久しぶりに見たYou Tubeで、出会ったジャコは、
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………………………………………………………………
ウィキペディア(Wikipedia)』より抜粋
<音楽経歴>
幼少の頃から地元の聖歌隊に参加し、音楽的な素養を身に付ける。 ジャコが7歳の頃、家族はフロリダ州フォート・ローダーデイルに移住した。 (後年、彼のアルバムでしばしばスチール・パンが用いられるのは、フロリダで過ごした影響が大きいとされる。) フロリダでは、地元のバンド「ラス・オラス・ブラス」でドラムを担当していたが、13歳の時フットボールの試合中に右手首を骨折してドラムを続けることが困難となったため、ベースを弾くようになった。 高校卒業後はフロリダの地元でバンド活動していた。 丁度この頃に手に入れたエレクトリック・ベースのフレットを抜いてフレットレスベースを自作し、360アコースティック・アンプと組み合わせた自分好みの音を作り出していた。フレットレスに改造したのはフェンダーのジャズベース1962年モデル。フレットを入れたままの1960年モデルも愛用していた。
ジャコは「Jocko」というニックネームで呼ばれていた。これは50年代のメジャー・リーグ名物アンパイアから取ったものだった。70年代のある日、アパートの隣に住んでいたアレックス・ダーキィと毎日のようにジャズの練習をしていたが、アレックスが譜面に間違えて「Jaco」と書いてしまったところジャコはこれを気に入り、それ以降自分を「ジャコ」と名乗るようになった。
1975年、パット・メセニーの初リーダー作『ブライト・サイズ・ライフ』に参加。同年、ブラッド・スウェット&ティアーズのドラマー、ボビー・コロンビーとジャコは出会い、1976年にコロンビーのプロデュースで「ジャコ・パストリアスの肖像」を制作した。さらに同じ年フロリダに来ていたウェザー・リポートのリーダー、ジョー・ザヴィヌルに直接自分を売り込んだ。2代目のベーシストのアルフォンソ・ジョンソンが脱退する予定であり、76年には「ブラック・マーケット」でザヴィヌル作の「キャノンボール」と自作の「バーバリー・コースト」の2曲の録音に参加した。 これ以降、ジャコはウェザー・リポートの正式メンバーとなる。
1981年、ワーナーとソロ契約しセカンドアルバム「ワード・オブ・マウス」をリリースする。 このアルバムは米国ではあまり評判とならなかったが、日本では大絶賛された。 翌82年にはウェザー・リポートを離れ、ジャコは自身のバンドで活躍しはじめた。 同年8月には自身のバンドである「ジャコ・パストリアス・ビッグ・バンド」を引き連れて日本公演を行い、大成功をおさめた。 この時の記録は、ライブアルバム「Twins I & II」に収められている。
< 精神疾患と死>
ウェザー・リポートから離れた頃からジャコは荒れはじめた。 ドラッグに溺れたり躁鬱病に悩まされ、ライブ中に奇行が目立つようになり、入退院も繰り返すようにもなった。当時の来日ステージライブ・アンダー・ザ・スカイで全身に泥を塗った格好で登場した事は有名である。 80年代中頃、ライブ活動は小規模ながらも続けており、マイク・スターンやハイラム・ブロック、ケンウッド・デナードとセッションを行っていた。
1987年9月11日、地元のフロリダフォート・ローダーデイルに来ていたサンタナのライブに飛び入りしようとしたところ追い出されてしまい、失意の内に訪れたナイトクラブ「ミッドナイト・ボトルクラブ」に入ろうとしたところガードマンと乱闘となり、意識不明の重体に陥った。 昏睡状態が続いていたが回復が望めず、9月21日に家族の同意のもとで人工呼吸器が外された。 ジャコは35年の生涯を閉じた。
ジャコの80年代における奇行は酒やドラッグによるものと言われて来たが、ジャコの家族の証言によると躁鬱病によるものである可能性が高く、早くからジャコの状態を理解していたらあのような悲劇は避けられたかもしれない。
< トリビア>
ジャコの使用していた1962年仕様のベースがトリビュート扱いで米国フェンダー社(Fender U.S.A.)から発売されている。
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- [2007/05/04 12:44]
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LINE6 POD XT LIVE 使用記 その6
LINE6 POD XT LIVE 使用記 その6
これまでのXTLIVE関係の記事はこちらからどうぞ←
僕の練習方法
今日は直接LINE6 POD XT LIVEの話ではなく、普段の僕の練習の方法をご紹介。
1、まず、レコーダー内臓のリズムボックスででリズムを決めます。(種類と速さ)
2、リズムに合わせて、曲のコードのみをエフェクトなしのギター音で録音。(1チャンネル使用)
3、続いて、鼻歌程度の歌を録音。(2チャンネル目使用)
4、同じくギターソロ(こちらもエフェクトなし)を録音。(3チャンネル目使用)
そして、2〜3を繰り返し、徐々に音と演奏精度を上げていきます。
簡単に言うと、リズムに合わせ、荒く録音をしておいて、どんどん、オーバーライトをしていくやり方です。
こういうパターンで練習をすると、
●「曲のリズムが身体に染みこむ」
●「エフェクトのかけ方の練習になる」
●「リズムギター、歌、ソロを順番に録音していくので練習が偏らない」わけです。
そして、たまに気に入ったテイクは、バーチャルのチャンネルに保存。
時々、聞いてみて今の自分の演奏の違いを確認にしています。

<D4>
今、使っているレコーダーはコルグのデジタル・レコーダー「D4」。
むちゃくちゃ小さくて軽いです。
音はイマイチですが、家で軽く練習するには十分。
欠点はデータが「MP2」であること。
(FC2などのブログにはこのままアップできません)
このレコーダーにもエフェクト機能はありますが、これは使えません。
もちろん、愛器「XT LIVE」に頑張ってもらっています。
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2、リズムに合わせて、曲のコードのみをエフェクトなしのギター音で録音。(1チャンネル使用)
3、続いて、鼻歌程度の歌を録音。(2チャンネル目使用)
4、同じくギターソロ(こちらもエフェクトなし)を録音。(3チャンネル目使用)
そして、2〜3を繰り返し、徐々に音と演奏精度を上げていきます。
簡単に言うと、リズムに合わせ、荒く録音をしておいて、どんどん、オーバーライトをしていくやり方です。
こういうパターンで練習をすると、
●「曲のリズムが身体に染みこむ」
●「エフェクトのかけ方の練習になる」
●「リズムギター、歌、ソロを順番に録音していくので練習が偏らない」わけです。
そして、たまに気に入ったテイクは、バーチャルのチャンネルに保存。
時々、聞いてみて今の自分の演奏の違いを確認にしています。

<D4>
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むちゃくちゃ小さくて軽いです。
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- [2007/02/04 19:53]
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「たのしいはうれしいパーティー」の報告(おまけ)
「たのしいはうれしいパーティー」の報告(おまけ)
僕がずーーーと昔、入っていたプロダクションの社長「西内脩さん」と、
ひとしきり今回のパーティーの話をした。
(忙しい中、来てくれてありがとう)
さて、「西内脩さん」と言っても多分、ピンと来ないと思うのですが(ごめんね、西内さん)
知る人ぞ知る「神戸サンバチーム」の創設者(もちろん今もリーダー)なのだ。

<日本にサンバのリズムを持ち込んだ人>
「神戸サンバチーム」と言えば、日本最初のサンバチームで、その人数も日本一。
いろんなイベントに出演しているので、関西の人なら「ああ、あの丸いおっちゃん」と気がつくはず。
(そうそう、おととしのスマップのコンサートにも出てました)
<神戸サンバチームのサイトはこちら>
その、西内さんがイベントのプロの目で、今回のババンビーズを辛口評価!
● 「確かにババンビーズは以前に比べ上手くなった。次はもっと高い目標設定が必要や」
● 「ほめ言葉は身内だから言ってくれること。今度はまったく知らない人だけの場に挑戦してみろ?」
● 「ライブハウスはのりがええ。お酒も入ってる。普通の会場でどれだけやれるかや」
● 「このぐらいのレベルになると、メンバーの方向性が変わってくる。(お前も経験あるやろ、文句ばかり言ってたやろ、なあ、なわない)長くやるためのお互いの努力が必要や」
●「通すだけの練習とか、流すだけの練習はぜんぜん上手ならへん」
● 「バンドをやりたい、どこかで発表したい、そう思っていても出来ひん人がたくさんおる。なのに、あんなにたくさんの人に応援してもらってパーティー出来て、それだけでも、お前らは幸せや思え」
厳しいが、さすがにいい所を突いてきやがる。
この際、ついでに聞いてみた。
「ねえねえ、もう一回、プロダクションに戻ってもいい?」
無視された。
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「ああ、もういちどアイドルに戻りたい……」
いいや、そりゃ無理だ、と思う人は
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僕がずーーーと昔、入っていたプロダクションの社長「西内脩さん」と、
ひとしきり今回のパーティーの話をした。
(忙しい中、来てくれてありがとう)
さて、「西内脩さん」と言っても多分、ピンと来ないと思うのですが(ごめんね、西内さん)
知る人ぞ知る「神戸サンバチーム」の創設者(もちろん今もリーダー)なのだ。

<日本にサンバのリズムを持ち込んだ人>
「神戸サンバチーム」と言えば、日本最初のサンバチームで、その人数も日本一。
いろんなイベントに出演しているので、関西の人なら「ああ、あの丸いおっちゃん」と気がつくはず。
(そうそう、おととしのスマップのコンサートにも出てました)
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その、西内さんがイベントのプロの目で、今回のババンビーズを辛口評価!
● 「確かにババンビーズは以前に比べ上手くなった。次はもっと高い目標設定が必要や」
● 「ほめ言葉は身内だから言ってくれること。今度はまったく知らない人だけの場に挑戦してみろ?」
● 「ライブハウスはのりがええ。お酒も入ってる。普通の会場でどれだけやれるかや」
● 「このぐらいのレベルになると、メンバーの方向性が変わってくる。(お前も経験あるやろ、文句ばかり言ってたやろ、なあ、なわない)長くやるためのお互いの努力が必要や」
●「通すだけの練習とか、流すだけの練習はぜんぜん上手ならへん」
● 「バンドをやりたい、どこかで発表したい、そう思っていても出来ひん人がたくさんおる。なのに、あんなにたくさんの人に応援してもらってパーティー出来て、それだけでも、お前らは幸せや思え」
厳しいが、さすがにいい所を突いてきやがる。
この際、ついでに聞いてみた。
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- [2006/12/17 20:29]
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LINE6 POD XT LIVE 使用記 その5
LINE6 POD XT LIVE 使用記 その5
「HIROまし〜んさん」(UGLY FACE。) から、音作りの質問がありましたので、そのお答え。
<この時の音>
(痩せたツルベみたいに映ってるけど、ほんとはもっとかわいいよ)
今、あらためてセッティングを見るとまあ、細かく作っております。
(買った当時は睡眠時間が惜しかったですねえ)
<セッティング内容>
AMP Solo100
DRV 15
BASS 40
MID 80
TREB 60
VOL 100
COMP -20db
GAIN 0db
GATE -72db
DECAY 75%
STOMP SFREAMER
DRIVE 20%
GATE 50%
TONE 50%
MOD SINE CHORUS
SPEED 0,72hz
DEPTH 44%
MIX 50%
BASS 50%
TREBLE 79%
まあ、簡単に書くと、ソルダーノにSCREAMERとコーラスをちょっとかけた感じです。
ただし、リアルのアンプにご注意。
通常、ギターアンプにぶち込む時は「MIDフル、他はオフ」で使うのですが、
この時使った「YAMAHA(SR100)」はMIDが強い強い。
結局、MIDのボリュームを40ぐらいに抑えて、やっと、泣きが入った音になりました。
それにしても、見たことも触ったこともない「ソルダーノ」
PODの中でええ仕事してくれるわい。
(ぎゅうぎゅう弾く時は、これに決めてます)
そうそう、ギターは「ブラッキー」
ボリュームフル。
トーンは真ん中。
ミッドブーストはゼロ。
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「LINE6 POD XT LIVEのことをもっと書け」
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「HIROまし〜んさん」(UGLY FACE。) から、音作りの質問がありましたので、そのお答え。
<この時の音>
(痩せたツルベみたいに映ってるけど、ほんとはもっとかわいいよ)
今、あらためてセッティングを見るとまあ、細かく作っております。
(買った当時は睡眠時間が惜しかったですねえ)
<セッティング内容>
AMP Solo100
DRV 15
BASS 40
MID 80
TREB 60
VOL 100
COMP -20db
GAIN 0db
GATE -72db
DECAY 75%
STOMP SFREAMER
DRIVE 20%
GATE 50%
TONE 50%
MOD SINE CHORUS
SPEED 0,72hz
DEPTH 44%
MIX 50%
BASS 50%
TREBLE 79%
まあ、簡単に書くと、ソルダーノにSCREAMERとコーラスをちょっとかけた感じです。
ただし、リアルのアンプにご注意。
通常、ギターアンプにぶち込む時は「MIDフル、他はオフ」で使うのですが、
この時使った「YAMAHA(SR100)」はMIDが強い強い。
結局、MIDのボリュームを40ぐらいに抑えて、やっと、泣きが入った音になりました。
それにしても、見たことも触ったこともない「ソルダーノ」
PODの中でええ仕事してくれるわい。
(ぎゅうぎゅう弾く時は、これに決めてます)
そうそう、ギターは「ブラッキー」
ボリュームフル。
トーンは真ん中。
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- [2006/12/17 13:14]
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「たのしいはうれしいパーティー」の報告(おわり)
そしてわれらがババンビーズ。
ビデオを観ながら……。
今、僕は、これを書きながら、撮ってもらったビデオを観ています。
「スケッチブック`Z」のオープニングから始まって、
いよいよ、我らがババンビーズの出番だ。
感じていた以上の野次や拍手や口笛や、大声援。
後ろのお客さんはスタンディングだ。
あはは、ちょこまかと、ババンビーズのメンバーが画面に現れた。
少し固くなってる。
さあ、もちろんオープニングは「青空」だ。
<曲目>
1、 青空
2、 ロマンチック
3、 ラブレター
4、 夜の盗賊団
5、 無言電話のブルース
(メンバー紹介)
6、 チェインギャング
7、 ラストダンスは私に
(上記二曲は、ゲストの玉田さかえさん)
8、 Too mutch pain
9、 アンコール
青空(スタッフと一緒に)
愛の賛歌(玉田さん)
全部、見終わった。
うん、思ったよりいい出来だ。
そして、僕は、もう一度、
ビデオの「Too mutch pain」を観ています。
みんながあれほど不安だった「Too mutch pain」。
くいちゃんのキーボード。
あきろうさんのブルースハープ。
続いて、うちの奥さんのベース。
そして僕の歌と玉田さんのコーラス。
一呼吸おいて、くにちゃんのドラム。
流れるように淡々と進んでいくリズム。
<ババンビーズ+玉田さかえの「トゥーマッチペイン」>
会場の、みんなの身体が揺れている。
みんながみんな一つになっている。
僕たちがチカラを込めると、会場のみんなはそれに応えてくれている。
そのみんなに呼応して、僕たちはまた、チカラをつけて演奏を続けている。
ただのおばさん三人で始めたバンド、そして企画。
それが今では、これほどたくさんの人たちを取り込んだ。
ビデオに映っているみんなは、とてもとてもいい顔をしている。
「たのしいはうれしい」
本当にそう思う。
やってよかった。

<ババンビーズ>
プラス

<玉田さかえ>

そして、翌朝
今日も、昨日に負けず劣らずのいい天気だ。
でも、大きく違うことがある。
この青空は、本物じゃあない。
本物の青空は、ブラウン管の向こう側で輝いている。
いつものようにスーツ姿に戻った僕は、そんな青空を眺めながら日常にむかう。

最後に
このパーティーにかかわってくれた、すべての皆様に感謝をこめて……
ありがとうございました。
END
写真集はこちら
「たのしいはうれしいパーティーシリーズ」
●いよいよ明日だババンビーズ
●宴(うたげ)は終わって
●皆さんありがとございます
●ババンビーズ一つになった
●それではパーティーの始まりだ
●ババンビーズのメンバーにごめんとありがとう
●そしてわれらがババンビーズ
●写真集
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ビデオを観ながら……。
今、僕は、これを書きながら、撮ってもらったビデオを観ています。
「スケッチブック`Z」のオープニングから始まって、
いよいよ、我らがババンビーズの出番だ。
感じていた以上の野次や拍手や口笛や、大声援。
後ろのお客さんはスタンディングだ。
あはは、ちょこまかと、ババンビーズのメンバーが画面に現れた。
少し固くなってる。
さあ、もちろんオープニングは「青空」だ。
<曲目>
1、 青空
2、 ロマンチック
3、 ラブレター
4、 夜の盗賊団
5、 無言電話のブルース
(メンバー紹介)
6、 チェインギャング
7、 ラストダンスは私に
(上記二曲は、ゲストの玉田さかえさん)
8、 Too mutch pain
9、 アンコール
青空(スタッフと一緒に)
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全部、見終わった。
うん、思ったよりいい出来だ。
そして、僕は、もう一度、
ビデオの「Too mutch pain」を観ています。
みんながあれほど不安だった「Too mutch pain」。
くいちゃんのキーボード。
あきろうさんのブルースハープ。
続いて、うちの奥さんのベース。
そして僕の歌と玉田さんのコーラス。
一呼吸おいて、くにちゃんのドラム。
流れるように淡々と進んでいくリズム。
<ババンビーズ+玉田さかえの「トゥーマッチペイン」>
会場の、みんなの身体が揺れている。
みんながみんな一つになっている。
僕たちがチカラを込めると、会場のみんなはそれに応えてくれている。
そのみんなに呼応して、僕たちはまた、チカラをつけて演奏を続けている。
ただのおばさん三人で始めたバンド、そして企画。
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本当にそう思う。
やってよかった。

<ババンビーズ>
プラス

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でも、大きく違うことがある。
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本物の青空は、ブラウン管の向こう側で輝いている。
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最後に
このパーティーにかかわってくれた、すべての皆様に感謝をこめて……
ありがとうございました。
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●宴(うたげ)は終わって
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●ババンビーズのメンバーにごめんとありがとう
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- [2006/12/16 22:28]
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