宗教で救われた命と…… 

宗教で救われた命と……


息子が、僕にした質問を、そのまま皆さんへお渡しします。



「宗教で救われた命と、宗教で奪われた命は、どちらが多いんだろう」




少し前、僕の息子の発した疑問。
テレビでは、隣国同士がミサイルの打ち合い。
互いに違う宗教。
なのに、同じ人間。


その時、すぐに答えることは出来なくて、
ずっと、考えていて、最近思うのは、
それは、宗教のせいではないのだろうと思うのだけれど、
まだ、息子に断言するほどの確信はない……。






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<答えよりも気持ちを教えてもらえれば……>



関西弁講座その11・上方噺「かんにん」 

関西弁講座その11・上方噺「かんにん」

へえ、毎度お越しやす。「大福亭なわない」でございます。

このあいだ、「床上手」という噺をさせてもらいました。
ええ言葉でんな、「床上手」。
色気がむんむん漂いまんな。
今日はその続編で「かんにん」でございます。

さてさて、ここはお通夜の席の牛蜜時。

町奉行
「女将、そろそろ覚悟は出来たか?死んだお前の亭主の罪滅ぼし、そちの身体で払ってもらうぞ」
女将
「かんにんしてください」

越前屋
「女将、そろそろ覚悟は出来たか?死んだお前の亭主に貸した金、そちの身体で払ってもらうぞ」
女将
「かんにんしてください」

大工の源
「女将、そろそろ覚悟は出来たか?死んだお前の亭主が未払いの新築のこの家の代金、そちの身体で払ってもらうぞ」
女将
「かんにんしてください」

アホの喜八
「女将、そこそろ覚悟は出来たか?死んだお前の亭主がわしの事をどれだけ馬鹿にしたか、その代償、そちの身体で払ってもらうぞ」
女将
「かんにんしてください」

オカマの玉の助
「女将、そろそろ覚悟は出来たか?死んだお前の亭主がわしをどれほどいたぶったか、ああ、ケツが痛い。その代償、そちの身体で払ってもらうぞ」
女将
「かんにんしてください」

よし皆の衆、レッツゴー。
だれともない掛け声で、女将にのしかかる「悪意ある債権者」たち。

かわいそうな女将。
あーれー。

areeee


「やめてくれー、わしの女房を手篭めにするな」
さてさて、生きとるあいだ、散々悪行を働いた女将の亭主。
「かんにん」「かんにん」「かんにん」
と思いきや、

地獄の底から、棺おけの蓋をちょいと開けて
「めったに見られへん」と、
「かんにん」の現在進行形

その光景を「カンニング」

へえ、お粗末な一席でございました。

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<こんな亭主、かんべんならんと思う人はこちらを連打!>



「絵師のえそらごと」 

「絵師のえそらごと」
というサイトを見つけてしまって、さあたいへん。


例えば、セックスピストルズのシドの写真


<「絵師アネモーネさん」に描いてもらったらこうなった>
sido-anemo-ne






<「絵師キーコさん」に描いてもらうとこうなるのだ>
sido-ki-ko





<「絵師みんみんさん」の感性はこんな感じ>
sido-minmin





<「絵師フクシアさん」はこう描いてくれた>
sido-hukusia





しかし、




sido
<これが元の写真>

やっぱり、本物の写真のほうが前にやって来る。

まあ、遊び。

自分のパソコンにある「画像」を「絵師さん」に描いてもらうと、
それぞれの感性で、作品を作ってくれるのだ。
はい、なかなかのアーティストぞろいです。
細かい説明をしてもしょうがないので一度ダウンロードして遊んでみてはいかがでしょうか。
(僕はかれこれ1週間以上、これで遊んでいます)




nawanwana197h

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ガチャピンに似ている僕を↑を描いてもらったらこうなった。とほほ



<どれほど僕がガチャピンに似ているかは、こちらから>

青春もっこりバトン 

青春もっこりバトン

カバチタレさん からバトンが回ってきました。
それではさっそく、お答えします。
(注・バトンとは=次の人に回す棒状の物の事)

■1:そんな5人にバトンを回す。 (回す人を最初に書いておく。)
「大好きだった社会の吉岡先生」
(一人だけです。ごめんなさい)
中学三年の体育祭のクラス対抗リレーで、「バトン」を落として以来、
「バトン」と聞くだけで涙があふれます。
以下、質問13へ続く。

■2:お名前は?
「なわない」(別名ガチャピン )といいます。

■3:おいくつですか?
年齢は永遠の5歳。
フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 より抜粋。

■4:ご職業は?
そんなものは、嫌いです。

■5:ご趣味は?
熟女です。

■6:好きな異性のタイプは?
その場に応じて変わります。

■7:特技は?
けけけ

■8:資格、何か持ってますか?
ソリティア3段の腕前です。

■9:悩みが何かありますか?
みんなが思うほど「スケベ」ではありません。

■10:お好きな食べ物とお嫌いな食べ物は?
空腹時のビールが好きで、二日酔いのビールが嫌い。

■11:好きな人はいますか?
だらけ。

■12:貴方が愛する人へ一言  
今晩どうかね?

■13:回す人5人を指名すると同時に、その人の他者紹介を簡単にお願いします。
ー1:の続きー
おまけに落とした「バトン」は敵のクラスの応援団に転がっていったからさあ大変。
「バトン」に向かってダイビングをする、なわない少年。
それを阻止する3年5組の応援団。
なわない少年を助けろと、加勢に来た、我が3年3組。
くんずほぐれつ入り乱れ。
どさくさにまぎれて、なわない少年、大好きな社会の吉岡先生の上に馬乗り。
「あったわ、なわない君、こんな所にバトンが」
「先生、それは僕のお●●ちん」
「ぎゃっ」
「けけけっ」


カバチタレさん ごめんなさい。わけわからなくなってしまいました。
というわけで、バトンは
大好きだった社会の吉岡先生(中学3年生の担任)にまわします。

<おまけ>
大好きだった社会の吉岡先生が、ブログを書いているかどうかはわからない。
<おまけ2>
しかし、大好きだった社会の吉岡先生。
もし、このブログを見てたら、
<おまけ3>
大好きだった社会の吉岡先生ーーーっつ。
僕のバトン、もう一度持ってください。
<おまけ4>
大好きだった社会の吉岡先生。
体育倉庫の裏で待ってます。


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■9:悩みが何かありますか?
みんなが思うほど「スケベ」ではありません。


野良ブログ 

野良ブログ

写真 ricoda
文 なわない

ここは、あるブログサービスのサーバーの中。

玄関を開けて、部屋に入ると一匹のブログが佇んでいた。


hari-2
<佇む野良ブログ>

僕が何を聞くでもなし、ブログは語りだした。

はじめのうちは、とても楽しかったんです。
ご主人様は私に飾り付けをしてくれたり、取って置きの楽しい話を載せてくれました。
でも、それは一ヶ月ぐらいの間だけでした。
それからかれこれ、半年以上、ご主人様は帰って来ないんです。
そう、私は野良ブログなんです。


確か、ここは1年間動きがなければ、君は消滅しちゃうんだよね、と僕。

頷く野良ブログ。

なんだか僕は切なくなって、つい言ってしまった。
『なんなら、僕が君の新しいご主人になってあげようか?』


首を振る野良ブログ。そして、あちらを指差す。 

hai-1
<サーバーの中>

僕は隣の部屋を見に行った。
同じような野良ブログがひっそりと佇んでいた。
次の部屋も、そのまた次の部屋も……。
野良ブログの部屋はずっとずっと先まで続いていた。


あなたは自分のブログを大切にしてあげてください。

野良ブログはそう言うと、さあ、ここから出て行きなさいと外を指差した。


門を出た帰り道、背後から声が聞こえた。

hari-3
<サーバー外観>

Mixiにも、このことを伝えてやってくれないか。

ブログのサーバーがそう言っている。

僕は何も答えることが出来ずに、その場を離れた。
さよなら野良ブログたち……


END

この話はハリア〜にゃ(ricodaさん)に無理を言って、
いただいたピンホール写真に文章をつけたものです。

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<すばらしいハリアナ写真に拍手を!>




神さまへスケベな願いは通じるのか? 

神さまへスケベな願いは通じるのか?

お正月に神社に行くと、みんなお願いをしていた。
神社はお願いだらけだった。

一万円の人。
一円の人。
長い間、目を閉じて拝む人。
手をぱんぱんで終わりの人。

お願いの種類は、大体は似ていると思う。
「家内安全」
「家族が幸せでありますように」
「世界が平和でありますように」
「宝くじが当たりますように」
「志望校に合格しますように」
「すばらしい彼・彼女ができますように」
「好きなときにエッチが出来て、なおかつホテル代は相手が払ってくれて、御飯とかもおごってくれて、そうそう、出来たらフランス料理がいいなあ。おまけに帰りのタクシー代もくれる、そんな熟女と出会いますように」

大体がこんなお願いだろう。

そんなことを考えていて、はたと気がついた。
お正月はお願いだらけで神様も全部聞いてられなかっただろう。
オフシーズン狙いだ!
今がチャンスだ!
神様独占だ!

正月もだいぶ空けた今日、宇宙のなぞが解けた僕は、もう一度神社に行ってお願いをした。

sukebekamisama69
<奮発しました>

「ねえねえ、神様。お正月にお願いした熟女、どうなりました?僕のタイプ見つかりました?言い忘れてましたけど、僕だけハーハー言う、そんなじゃなくて、濃厚な、そうそう、神様もわかるでしょ、けけけ。もう、神様、んとにスケベなんだから」

よーし、明日も神様にお願いに行くぞ!


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<スケベにつける神様はない>



第8回・顔晒し大会inちょい(笑)ブログ−2 

第8回・顔晒し大会inちょい(笑)ブログ
2007年1月24日21時〜25日21時。
主催ロッシュさん

追加お笑い、もとへ
追加個展

天才画伯(36歳・女性・職業スナック店員)のアートが好評だったため、
顔晒しの期間は終了いたしましたが、
スペシャル個展の続きを開催いたします。






「画伯の友人の木田さん」
saeu4900

もちろん人間だそうです。





「キムタク」
raion3200

画伯の描写力にはほとほと感動します。






「ペガサス」
nazo23004

「魔がさす」ような気がします。






「ウサギ」
usagi4900

たしかに跳ねています。馬といわれたらそうとも思えます。






そして、僕「なわない」
gatya1200

ええ、ガチャピンですね、僕は……。


上記作品を購入希望の方は、私(なわない)までご連絡下さい。
価格は別途ご相談いたします。

昨日の個展はこちらから。あわせて見ると感動が更に深まります。


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<大笑いもとえ、感動したらクリック連打>


第8回・顔晒し大会inちょい(笑)ブログ 

第8回・顔晒し大会inちょい(笑)ブログ
2007年1月24日21時〜25日21時。


ロッシュさん 行きますよ!!
「なわない肖像画」編

実は、僕が懇意にしていただいている
「天才画伯(36歳・女性」がおりまして、
今回の顔さらしは「写真」ではなく、その画伯にお願いをして、
「僕の肖像画」を描いてもらいました。


では、僕(なわない)の肖像画を晒す前に、

「天才画伯」の貴重な「作品集」をご覧下さい。











まずは「サル」
<霊長類の威厳を現したそうです。指の数が微妙です>
saru1200




続いて「ゾウ」
<眼の輝きに注目してください。鳴き声つき「ぱおー」>
zou1200




そして「タコ」
<なぜか口(くち)が二つ。下はハート型です>
tako56

(注)これを書いていただいた時、大笑い
いいえ、感動のあまり喰っているものを全部吹き出しました。



獲物を狙う「ワニ」
<画伯の傑作。躍動感にみち溢れています>
wani1200




「フクロウ」
<少し、キムタクにも似ているなと思いました>
hukurou1200




「なぞ」
<何か聞くの忘れました。これ以降はハートでアートを感じてください>
nozo1200




「ニワトリ」
<哀愁が漂っています。おっと解説してしまった>
niwatori1200




「キリン」
<ちょっと身体の具合が悪そうです。おっと、また解説してしまった>
kirinn1200

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天才画伯に拍手を!
<辛い時、悲しい時はここに来て画伯の絵で心を癒してください>





そして、いよいよ天才画伯に書いていただいた、
私「なわない」の肖像画でございます。


















gatya1200


俺はガチャピンか!!!

いいや、確かに似ている!!!!
nawa6



第8回・顔晒し大会inちょい(笑)ブログ
2007年1月24日21時〜25日21時。
あのブロガーも、そのブロガーも晒してます。ぜひ、回ってみてください。


「僕の阪神淡路大震災」←真面目な記事もお読み下さい。

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<ええ、どうせ僕はガチャピン>


僕の阪神・淡路大震災 終わり。生き続けるためのボディーブロー 

僕の阪神・淡路大震災 終わり。生き続けるためのボディーブロー

「それは地震前?地震の後?」
神戸の人は過去のことを話す時、地震を節目にする。
ちょうど、坂の多いここ神戸で、北の事を「上」、南の事を「下」というように。

地震後の今、みんなはなんとか生きている。
もちろん僕もこうして、生きている。

家内も息子も娘も、あの時、居なかった僕を責めたことはない。
でも、僕の心にはぽっこりと黒い穴があいている。

確かに借金やその後、ファミコンショップを閉めた辛さなどもあるが、そんなものはどうでもいい。

そうじゃなくて、僕はずっとずっと、「自分にボディーブローを喰らわしている」
『お前は家族を捨てて安全な場所に居た』と。

言い訳の神様がこう言ってくれる。
『いいや、君は動転のあまり、選択肢を見誤ったのさ』
でも、そうじゃない。


inu23

話を始めに戻そう。

阪神・淡路大震災(兵庫県南部地震)
平成7年(1995年)1月17日(火) 5時46分
死者     6,434人
負傷者  43,792人
全壊および半壊棟数 249,180棟
(うち、神戸市内の死者は、4,571人)


亡くなった方の多くはお年寄りそして、子供。
瓦礫の中に埋もれているそれらの人を引き出す家族。
迫ってくる火。逃げなくてはならない今。そんな有様。選択肢。

こんな時の、誤りの選択肢など、ないのは解かっている。

でも、僕の選択肢は間違っていた。

心の整理をしようと書き始めたこの記録だけれど、やはり整理はできなかった。
いや、こうやって書き終えて、「整理しちゃいけない」ことがよく解かった。

この話を、多分、家内も、そしてあれからずいぶん大きくなった息子も娘も読むだろうと思う。
「なんだ、まだそんな事で悔やんでるの」そう言われるかもしれない。
でも、僕は自分の過ちを忘れないために、心の暗い穴にボディーブローを打ち続ける。

今度、何が起こっても選択を誤らないために……。



最後に
こんな暗い話に付き合っていただいた皆様に感謝します。
ありがとうございました。

冒頭にも書いたように、神戸は、本当はまだまだ回復をしていません。
国道沿いや、繁華街だけは早々にビルが建ちましたが、
その一歩裏へ入ればまだまだ焼け野原がそのまま残っています。
「奇跡的な復興」そんなものは嘘です。

いかにも神戸らしく「見栄え」だけを強調して、マスコミが報道する「1,17」
そして、さもそれが自分の手柄のように見せる国や神戸市。
僕たちはまだまだ立ち直ってはいません。

いまだにごろごろと転がっている「死」「怪我」「借金」。
そして、決して、見えないけれど、出さないけれど、僕のように、憤りのないジレンマにさいなまれている人がどれだけいることか!
もちろんこれは神戸だけのことではなく、この地震に遭遇した全ての人。

この記録を書きながら、自分で何度も自問自答をしました。
「書いて消えるか(自分のトラウマ)」
「書いて来ないか(災害が)」
「書くことで何かあるか(参考になるのか)」

でも、途中ではたと思ったんです。

「亡くなった人はもう何も言えない、書けない」

じゃ、かろうじて今も生きている僕が語ってみよう。

取りとめのない後書きになりました。

神戸の僕たちは、明日も生きていかなくてはなりません。
応援してください。




僕の阪神・淡路大震災
(完)

「僕の阪神淡路大震災」シリーズ これまでの記事はこちらです。



ruminariekk
<「神戸ルミナリエ」。阪神・淡路大震災犠牲者の鎮魂の意を込めると共に、都市の復興・再生への夢と希望を託し、大震災の起こった1995年12月に初めて開催され、震災で打ちひしがれた神戸の街と市民に大きな感動と勇気、希望を与えました。(神戸ルミナリエ公式サイトより)>




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<最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。>


休憩 

微笑みウェーブ



赤ちゃんが、隣の人に、バーと言いました。

大学生ぐらいのその人は、赤ちゃんに、ぎこちなく、バーと返しました。

その人を見て、おばさんが、微笑んで、

そのおばさんを見たおじさんが、微笑んで、

それを見ている僕も、微笑んで……。

そして、

電車の中に、微笑みのウェーブが、ゆっくり流れていきました。





akatyan223



自分で書いてて重いシリーズなので合間に休憩です。
以前に書いた「ほっ」のシリーズ のなかの一つ。
気分転換にお読み下さい。

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ほっとクリックはこちら


僕の阪神・淡路大震災 九、僕のトラウマ 

僕の阪神・淡路大震災 九、僕のトラウマ

家に帰った。
家内の両親がいた。
一番被害の厳しい「長田区」から、靴もなくなり素足で僕の家まで逃げてきたという。
僕の両親も弟に連れられてやって来た。
二人とも、全ての指先に血の塊がこびりついている。埋もれたものを素手で探したという。

余震が来た。
僕は大声で叫んだ。
「たんすに対策をしたのか。二次災害の恐ろしさを知らないのか!」
だれも、何も言わなかった。
家内がトイレで泣いた。

その夜は僕の好物の「すき焼き」だった。
帰ってくる僕のために方々探して、肉を見つけたと家内が言う。
カセットコンロでゆっくり煮あがる「すき焼き」を大人数で少しずつ食べた。
一個だけあった缶ビールを飲んだ。

息子も娘も、何も僕に喋らなかった。
ろうそくの炎が余震にあわせて揺れた。

布団が足りなかった。
妻の両親が一人分の布団で寝ることになった。

そして、僕は次の日、弟のジープで自分のファミコンショップに戻った。

それから、電車が動き出すまでの二週間、僕は寝袋を買って店で寝た。
まだまだ大繁盛だった。
対岸の火事の被害のないこの街では、みんながテレビに飽きていた。
神戸から流れてきたゲームを安く買い、暇をしているこの街の住人に高く売りまくる毎日。
さあ、みんなのために稼がなくっちゃ!!!

でも、それは、嘘だ。

一日だけ家に帰って、よく解かった。

僕は異邦人だった。

あの時、あの当日に家族と居ればよかった。
何百キロであっても家に帰ればよかった。
店なんか捨ててしまえばよかった。

一番必要とされている時に、僕はみんなを守らなかった。
不安を恐ろしさを、共にしなかった。
僕は、なんとも卑怯なやつ。
逃げたんだ。結局。

あの日以来、僕は自分の心の中で「家長」ではなくなった。


「僕の阪神淡路大震災」シリーズ これまでの記事はこちらです。

jisin10
<何もかもがボロボロになった>

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暗い話でごめんなさい。



僕の阪神・淡路大震災 八、神戸は死んだ。 

僕の阪神・淡路大震災 八、神戸は死んだ。

三日目。
弟が来てくれた。
仕事場の山梨から、なんとか駆けつけてくれた。
当時の彼の車はジープだったので、関係者だと思われて検問も何とか通過したという。
(もちろん、そんな車でないと瓦礫の山を通って来れるはずは無いが)

親戚に水が欲しいと言う。
でも、ここも水が無い。
一緒に車に乗って被害の少ない西へと走った。
たかだか30分も走ると、当たり前の光景だ。
何事もなかったように店も開いている。
ラーメン屋に入った。
トイレで水が出た。
「おい、水だ」僕はそう言った。
「ほんとに水だ」弟もそう言った。
僕たちは顔を洗って、手を洗って、うがいをして水を飲んだ。
ラーメンが来た。弟が言った。
「あかんわ、お兄ちゃん、僕だけ食べられへん。僕らだけこんな美味しいもん、食べられへん」

まず自分の実家、家内の実家、僕の家に水が必要だ。
この辺りの水を持って帰えろうと、入れ物を探した。ボコボコの国道沿いに雑貨屋を見つけた。普通のゴミバケツに「8000円」と汚い字で書いてあった。それでもいいと、買った。

その足で初めて、神戸に帰った。

弟のジープが何度も倒れそうになるほどの瓦礫を超え、待っていたのは廃墟だった。

ああ、神戸は死んだと思った。

道路は割れ、信号機はへしゃげ、サイレンがいたるところで鳴り、黒煙が立ち昇り、怒鳴り声が響き、とぼとぼと家族連れが手をつないで歩き……。

兵庫区に入った。
テレビで何度も映されていた三菱銀行を通った。
骸骨の様にブラインドが垂れ下がった本物を見た瞬間、体中の震えが止まらなくなった。
がくかぐ揺れるジープより自分の震えの方が大きかった。

家のそばまで来た。
5階建ての大手スーパーがきれいに潰れ、三角錐になっている。その三角錐の所々に、焦げたマネキンが、異様な色で光っている。『どう、私は死んだのよ』と言っている様だった。

「兄ちゃん、すごいやろ」と弟。
僕は、ジープの中で身体をこわばらせながら、安全な明石のファミコンショップに戻りたいと思った。


「僕の阪神淡路大震災」シリーズ これまでの記事はこちらです。


jisin9
<廃墟と化した街>


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僕の阪神・淡路大震災 七、商売 

僕の阪神・淡路大震災 七、商売

翌朝、シャッターを叩く音で起こされた。
常連客の子供たちだ。
「店長、開−けて」
「ゲーム売ってーーー」

意味がわからなかった。
シャッターの向こう側で歌を歌うように子供たちが僕を呼んでいる。
あほかと思った。このガキども。こんなに大変な時に!

「店長店長、暇やねん」
「僕ら当分、学校休みやねん」
「ゲーム売ってえなあ」

そうか、ここは平和なのだ。彼らにとっては対岸の火事なのだ。

僕がチャンネルを秒単位で変えているテレビは、何か新しい情報が無いかと見続けているテレビは、彼らにとっては「退屈」なのだ……。
僕にとって、心臓を締め付けられる神戸の映像は、ここでは「遠い世界」なのだ。
シャッターを開けてみた。
子供たちがたくさんいる。なだれ込んできた。

僕は、昨晩「当分休んでくれ」と言って帰ってもらったアルバイト君たちを召集した。
テレビを見ながら、残っていたクソみたいなゲームソフトを売り続けた。
瞬く間に、店中のゲームソフトがなくなった。
売り上げは奇跡的な数字になった。

昼に大人がやって来た。暗い顔だ。
「このゲーム全部で、どれだけの金額になりますか」
僕は査定をした。
「ソフト全部で1万2千円」
「じゃ、お願いします」

続いて、すごいスピードで車から降りて来た客。
同じように大量のソフトとゲーム機。
その人には、こう言われた。
「家が潰れた。俺は神戸の人間や。金になるものを全部換えている。なんぼや。なんぼや。全部でなんぼや。おまえなあ、こんな所でぬくぬく商売しよって。儲けやがって!」

『僕も神戸の人間です。ここ以外、僕の両親も妻の両親の家も店も、全てなくなりました。こうなったら、稼げるのは僕だけなんです』

そうは言わなかった。
僕は、これまでで一番低い買取査定で換算し、暇をもてあましたこの街の住民に、最高の値段でゲームを売ることに決めた。

親戚中が倒れてしまった。僕が稼がなくてはと。

「僕の阪神淡路大震災」シリーズ これまでの記事はこちらです。


jisin8
<災害は一部の地域に集中した>

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僕の阪神・淡路大震災 六、安否 

僕の阪神・淡路大震災 六、安否

親戚一同が、怪我程度ですんでいることがわかったのは、夕方だった。
遠い親戚が一通り回ってくれて、安否の確認をして連絡してくれた。

大体の状況がわかった。
僕の家は半壊。
僕の実家は全壊。
家内の実家は潰れて燃えた。
同じく家内の実家のクリーニング店も潰れて燃えた。
ただし、今の時点で、亡くなった親族はいないとのことだ。

店で一人、方々に電話をかけながらテレビを見続けた。
何度か、家内と連絡ができた。
「近くの公園に非難をしている。寒いが何とか無事だ」とのこと。
でも、
「家の前の道路まで火事。家に帰ると、冬なのに火が向かってきて暑い。消防車が来てくれない。一緒に非難してる○○さんの家、燃えてしまった。燃えるところ二人で見てた。どう慰めて…」

歩いて家まで帰ろうかと何度か思った。
しかし、ここから歩くとどれほど時間がかかるか。
それ以前に道があるかどうかも解からない……。

夜、アルバイト君たちが差し入れを持って尋ねてくれた。
「社長、心配ですね」
「電車も車も無理だし、当分の間、ここに泊まってテレビ見ながら電話をかけ続けるしかないみたいだね……。君たちも当分、休んでてください」
「何かチカラになれることがあったら連絡下さい」
「ありがとう」


「僕の阪神淡路大震災」シリーズ これまでの記事はこちらです。


jisin7
<瓦礫が邪魔で消防活動は遅々として進まなかった>

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<まずは、心をしゃきっとしとこうと思った>
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僕の阪神・淡路大震災 五、不安 

僕の阪神・淡路大震災 五、不安

駅に急いだ。
案の定、まったく電車は動いてはいない。タクシーもだめだ。
家まで歩くか……。
それとも自分の店に戻ってみるか……。
自分の店(ファミコンショップ)が気になった。
サラリーマンをやめ、初めて自営業をして、まだ、3ヶ月目だった。
店が潰れていたらどうしよう……。
まず、自分の店に2時間かけて歩いて戻った。
繁華街から西に歩くにつれ、被害はそれほどでもなかった。
僕の店は、ガラスが少し壊れていたぐらいで、ほぼ無傷だった。
店に入って、それから、ずっと家へ電話をかけ続けた。

初めて、家内の声を聞けたのは昼もだいぶ過ぎた頃だった。
「一応無事です。近くの公園に非難をしています。今ちょうど、毛布を取りに家に帰ってきました」
そして、すぐに悲鳴。
「大きな余震が来たのでここ(家)から逃げます」と。

それからは親戚中に電話をかけまくった。
僕の実家はJR三宮駅から一駅の「灘」というところにあって、そこで共同で小さなマンションを経営していた。
一階は僕の両親が営むパン屋。二階がその住居。六階には母の姉一家が住んでいる。
両親の電話が繋がらない。六階のいとこにかけた。

繋がった、が、それは悲惨な繋がり方だった。
「みゆきー。刺さったガラスを抜け。うわあー、また揺れた」
電話がどこかに吹っ飛んでいるらしい。そして回線がおかしくなって、そのまま通話状態になっているようだ。いとこの家の修羅場が受話器から実況中継されている。どうやら、みゆきちゃん(娘)の足にガラスの破片が刺さっているようだ。

「僕の阪神淡路大震災」シリーズ これまでの記事はこちらです。



jisin11
<公衆電話の方が繋がりやすいという噂が流れて長時間並んだ。でもほとんど繋がらなかった>

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<知ってほしいんです>
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僕の阪神・淡路大震災 四、何もわからない 

僕の阪神・淡路大震災 四、何もわからない

コンビニどころか、周りを見ると、向いの中華料理屋が斜めをむいている。
民家もへしゃげている。
でも、なにが起こったか、僕にはまだわからない。
わかったのは、余震だ。
でかい奴が来た。あちこちで悲鳴が起こった。
立っていられなかった。
がくがくと周りのビルが揺れ、ガラスが落ちてくる。
救急車のサイレンがあちこちで鳴っている。
えらいことになった。
僕は地震の真っ只中にいる。そう思った。

神戸はどうだろう。家族は大丈夫だろうか?
何度も揺れる。
公衆電話があった。長い行列だ。これは無理だ。
あちこちから轟音が響く。
ホテルに帰った。フロントマンを見つけた。しかし、彼の言っていることはまったくわからない。怒鳴りあいになった。

部屋から家に電話をかけ続けた。(この頃は携帯がなかった)
でない、でない。
テレビ、ああ、そうだ。テレビだ。
しかし、どのチャンネルも映らない。
どうなってるんだ。
何度も部屋とフロントを往復していると、他の部屋から大声が響いた。
部屋に帰ると、テレビがついていた。
そこに映っていたのは、僕の家の近くの三宮のNHK。
毛布に包まれた女性がアップで映っている。
そして、あの、NHKのビルが、ない。ぺたんこになっている。

ここで始めて解かった。

ここが中心ではなく、自分の家の神戸が、もっとひどいということを……。

これまでの「僕の阪神淡路大震災」シリーズはこちら

jisin4
<三宮北側の生田神社・門だけ残っている>

ブログランキング<神戸がんばれ>
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「かつきさん」から書評 

新人賞をとって作家になる !の「かつきさん」から先日送った、僕の原稿の書評が届きました。
かなり厳しいですが、的確です。
本人に了解を得て、全文を掲載します。  



書評「なわないさん四部作」
 四部作をとおしたタイトルがないようですので、便宜上、「なわないさん四部作」と呼ばせていただく失礼をお許しください。
 なわないさんがどのようなお気持ちでこの作品を送ってこられたかは理解しています。けれど、その上で厳しいことを書かせてください。
 まずプロの作家を志していらっしゃいますから、活字とネットとケータイでは、取り扱うべきテーマや文体、文章の作り方、セリフの長短などに向き不向きがあることは、ご理解されていると思います。本作品はブログの作品なので、商業誌の小説とは小説作法も文体も文章の作り方も全く違います。そして毎日のように更新されるライブ感やライト感覚など、ブログ特有の雰囲気が作品の追い風になっているのもおわかりになっていらっしゃると思います。またブログは簡単に文字の装飾ができ、空間を作る表現などが可能です。表現力、描写力よりも、イラストレーションに似た才能が人気ブログになるには必要です。
 これらの作品をブログで読めばおもしろいでしょうし、毎日訪れるファンもできるでしょう。実際、なわないさんのブログには「みんなを巻き込んでやる」というパワーを感じます。
 しかし活字となると難しいものを感じます。
 まずご本人がどんなものを書いていきたいか、あるいは何を持っているのか、そのへんの判断は出来ませんでした。
 ブログですと実体験に基づいたものというのが前提で、本作品でもそのような話が多いなか、フィクションを見つけるのが難しい。そしてフィクションをどこまでご本人が作り広げたものかがわかりにくいのです。
 唯一長い「ババンビーズ」にしても、途中で語り手の視点を変えるほどの話ではなく、また文章力が優れているとも思えませんでした。さらにバンドメンバーの個性など、小説として表現するべき人物描写が抜けています。ただネタのおもしろさだけです。そうなんです。ブログの作品はネタでほぼ決まるんです。
 また作品のなかには、意味のとりにくいものもあります。短編であるのに、訴えたいこととエピソードはいいのに一文が余計だったりするものもあります(「ほ」二一ページ「いておかえり」など)。短い文章でスパッと真意が伝わらないのは作家として厳しいものを感じます。文章力としては、それほど高くは評価できません。どんな媒体、ジャンルを目指すにしても、文章修行の必要性を感じました。
 ただ着眼点の良さを感じる作品はあります。例えば「ほ」一六ページの作品「実りの無かった出張の、帰りのタクシーの中で」などは、なるほどツアー旅行と仕事でも地元の人間との触れ合うことのできる旅の差を気づかせてもらえます。また、「かみなりこぞうの涙」(「ほ」一四ページ)などです。ただこの「かみなり小僧の涙」は視点のずれがありますので、ブログでは意味がとれますが、活字の小説では文章力が通用しません。
「ババンビーズ」に関して言えば、これくらい書ける人は世の中にたくさんいるのは確かなことです。しかし、このくらいでエッセイスト(ノンフィクションライター)として本を一、二冊出している人も存在するのも確かです。
 おそらくこのことが、ここのラインにいらっしゃるなわないさんが物書きへの夢を捨てきれない理由の一つではないでしょうか。
しかし今の時点で、また本作品で、作家としての力量――物語構築力、人物造形、ストーリーテイリング、描写力、表現力――を評価するのは難しいです。
 もしもこれが限界とすれば「作家」ではなく「物書き」を目指すしかありません。ただ「物書き」への道は老若男女を問わず、誰にとっても険しいでしょう。



以上、書評の全文です。
「かつきさん」丁寧な書評、ありがとうございました。
へこたれませんから!!

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僕の阪神・淡路大震災 三、1月17日(火)当日 

僕の阪神・淡路大震災 三、1月17日(火)当日

その日、僕は神戸の隣の市(明石市)のホテルにいた。
その頃、僕はその街でファミコンショップを経営していた。
ちょうど、棚卸(たなおろし)の日で、アルバイト君たちと夜中まで在庫整理をして、終電に間に合わず初めて駅前のホテルに泊まった。

朝、5時46分
すごい衝撃だった。
爆音と同時に、ベッドから10センチは体が浮いたと思う。
何が起こったのか解からなかった。
ぼやけた頭で、多分、大きなトラックが事故で突っ込んできたのだろうと思った。
ベッドから出ると異様に寒かった。
そうだそうだ、暖たたまろう。
昨日、埃まみれのまま眠ってしまったので、風呂に入ろうと思った。
と、バスルームに行ってみると、風呂がゆがんでいた。
お湯を出そうとしても、何も出ない。
えらいホテルに泊まったと思った。
フロントに電話をした。
出ない。
寒い。
テレビをつけた。
つかない。
とりあえず服を着て、外に出た。

なんと、一階のコンビニのでかいガラスがきれいに壊れていた。
そして、コンビニ中が荒らされていた。
食料品が消えている。

「僕の阪神淡路大震災」シリーズ

jisin6
<僕が結婚式をあげた「中山手カトリック教会」。記念の場所がなくなったのは辛い>

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ランキングが変なんですが……。 

ここ数日、ランキングボタンを押すと「Bad Request」と出て見れないんです。なぜでしょう。
ちなみにほかの人のボタンを押してもだめ。
みんなもですか?

電気代は払ってるんですけどねえ……。
だれか教えてください。

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FC2に問い合わせたら
「クッキーを削除すれば正常になる」と回等あり。
やってみたら治りました。
僕のような症状になった人は試してください。

僕の阪神・淡路大震災 二、12ラウンド年 

僕の阪神・淡路大震災 二、12ラウンド年

まさに僕たちにとって、あの地震は強烈なストレートパンチだった。
もちろん、ノックアウトされずに起き上がれた人々も多くいた。
ところがだ、起き上がってみたものの、見えない敵が、これでもかこれでもかとボディーブローを放ってくる。
それも12年もの長い間、そいつはボディーを打ち続ける。

見えない敵とは「借金」だ。

神戸市の世帯数 643,100
そのうち
249,000棟が地震によって全壊か半壊の被害を受けた。
つまり、世帯の半数近くが、住んでいた家がなくなったり、大掛かりな修理が必要となったのだ。
家とは一生の買い物だ。その家が住めなくなる。
土地はあっても建物が木っ端微塵では、もう一度立て直しだ。
そこまでいかなくとも、マンションでもアパートでも、なんらかの修理費がいる。
だれがそんなことを考えて生活設計をしているか!

そう、二重ローン。
多くの世帯が借金をしている貧乏な都市、神戸。
もちろん、大企業の支店や営業所は早々に撤退をしていった。
悪循環の繰り返し。
働き場所がない。
金が動かない。

ボクシングは長くても15ラウンドだ。
そして、打たれ続けて眠ってしまってもいい。
でも、僕らは生きていかなければならない。
これから何ラウンドも打たれ続ける。

よく、「神戸はきれいな街ですね」といわれる。
僕はいつも、こう答える。
「ええ、建て直したからですよ」と……。

「僕の阪神淡路大震災」シリーズ

jisin2
<今はすっかりきれいになった、三宮の交通センタービル>

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僕の阪神・淡路大震災 一、序章 

僕の阪神・淡路大震災 
一、序章


今から、12年前のもうすぐ、僕の住む神戸は、すさまじい大震災に見舞われた。

今まで、何度かこの忌まわしい出来事を記録にしようと試みた。
だけれど、まだまだ残る自分のトラウマや、亡くなった方の事を思うと、どうしてもパソコンの前に向かっても指が動かなかった。
(現に、うちの妻などは、毎年この頃テレビで取り上げられる特集は見たくない、いや、見れないとスイッチを消してしまう)

でも、今年、初めて、自分の体験と気持ちを書いてみようと思った。

きっかけはタクシーの運転手さんの一言だ。
「ああ、地震前はねえ、大手の企業の課長だったんですよ。みんな終わった。私も終わった。終わってないのは家のローンだけ。あの時はね、ボクシングで言うと、ストレートパンチを喰らった感じやったんです。ほんで、頑張ったろうと思た。いいや、負けたらあかんと立ち上がった。しゃーけど、次ぎに押し寄せてきたのは顔面ストレートパンチやありまへん。ボディーブローですわ」

「ボディーブローか……」

実は、これとほぼ同じ話を震災後、1年ぐらい経って、タクシーの運転手さんに聞いた。
その話を、また今日も別のタクシーの運転手さんに聞いた。

10年以上経った今でも、僕たちはボディーブローを打たれ続けている。

「地震前は、私もええ生活してましてん」とその運転手さん。

今更、書いてどうにもならないかもしれないけれど、立ち直れていない僕らのことを少しでもわかってもらえたらと思った。

書いてみよう。

そして、本当は書きたい理由はもう一つある。

あの地震から、自分に打ち続けている重いパンチ。

もう、いい加減に整理したいんだ。


阪神・淡路大震災(兵庫県南部地震)
平成7年(1995年)1月17日(火) 5時46分
マグニチュード7.3
兵庫県淡路島北部
北緯 34度36分
東経 135度02分

死者     6,434人
負傷者  43,792人
全壊および半壊棟数 249,180棟
(うち、神戸市内の死者は、4,571人)


→「僕の阪神淡路大震災」シリーズ


jisin1
<自宅近くの旧三菱銀行・見たとき、振るえが止まらなくなった>


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<正直に気持ちを書いてみようと思います>
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魔法の携帯 

魔法の携帯

小さな女の子が、携帯を持って喋っていた。
おいおい、ついにそんな時代かよ、とよく見たら、おもちゃの携帯だ。
ピンクでプラスチックで、キティーちゃんのマーク入りだ。

「わんわんね、でね、んとね」
「あっちあっち、○×?Q」
真面目な顔をして、何やらむにゅむにゅ喋っている。

何を喋っているのか、わからない。

でも、わかるのは、この女の子が喋っている相手は、
僕の携帯では繋がらない相手なんだろう、と言うことだ。





kitexityan
<ネットで同じものを探してみたけれどなかった。
多分、ファミレスの入り口に売ってるような、おもちゃなんだろうなあ>


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私の身体を通り過ぎた10万人のみなさまへ。 

私の身体を通り過ぎた10万人のみなさまへ。

何度も何度も、私を訪れてくれた人、うっふん。
そして、行きずりの人も、あっはん。

私、それほどテクニックはないけれど、あなたに精一杯楽しんでもらおうと、努力したわ。
私の全てをさらけ出して……。

例えば、あんなこととか、こんなこととか。
そう、あなたはハードなのが好きだったわね。
そして、そこのあなた、けっこうまったり系で楽しんでいただきましたわね。
そして、そこのあなた。
もう、あなたの言葉で私、泣くほど私、達しましたわ。
ああ、それ以上言わさないで。

私は、明日もここに居るわよ。

そして、あなたを飽きさせないサービスを、明日も、し・て・あ・げ・る。

だから、ウワキせずにまた寄ってね。

じゃ。


ero
<なわない、よりみなさまに愛を込めて。ありがとうの、ちゅっ


「10万ヒット」本当にありがとうございます!


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詐欺師顔 

詐欺師顔

あー、よく考えると腹が立ってきた。

さっき、友達の会社に行ったら、知らない人が居た。
その人が僕に挨拶をしかけたら、事務員さんがその人を制して
「だめだめ、この人、詐欺師だから」と言いやがる。
えーい、この際と
「奥さん、ええ儲け話ありまっせ」と言うと、ホントに怖がってあとずさりされた。

そう言えば、飲み屋で「職業は?」と聞かれてギャグで「詐欺師でーす」と答えても「ウッソー」とか言われない。
「ふーん」と頷かれる。

ぐっそー、詐欺師顔ってどんな顔だ!
そんなに僕は嘘っぽいか!

はあー。
怒りをしずめて……。

その嘘っぽくない顔を証明するために↓で晒すことにいたします。
第8回・顔晒し大会inちょい(笑)ブログ
2007年1月24日21時〜25日21時。
(まだまだ参加者募集とのことです。ぜひともご参加を!)


<おまけ>
nawa10
<奥さん、僕にお金預けなさい。10万円が100万円。100万円が1億円でっせ>

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もうすぐ10万ヒット、そして丸1年! 

もうすぐ10万ヒット、そして丸1年!

日ごろはこの「なわない」をごひいきいただき、ありがとうございます。
おかげさまで、多分この2〜3日中に10万ヒット。
そして、この1月14日で丸一年を迎えます。

line9


思えば、去年の今ごろ、仕事が上手くいかなくて、一人、道を歩いていたら
「遠くへ行きたい」を口ずさんでいたのです。
「知いーらないまああちおー」って。
こりゃいかん。重症だわ。
ちょいと仕事を離れて気分転換をしなくては……。

そう、なにげなく思って始めたブログ。
それが今では、ガキの頃弾きだしたギター位に大切なものになりました。

こうして続けられてきたのも、皆様のおかげです。
(普段、コメントとか、しに行かないでごめんなさい)

line9


今年の僕の目標は、しつこいようですが、「ババンビーズの映画化」
(今日、角川書店から返事があった!)

馬鹿じゃないと言われようが、やれるだけやってみます。
だって、なまけものの僕が1年もブログ続けれたんだから、
もっとなんかやれそうな気がするんです。

これからも、よろしくお願いします。

なわないよりみなさまへ
精一杯の元気をこめて!

aka10
line9

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