「便利屋さんのお仕事あれやこれや」(刹那の引越し)

刹那の引越し

「便利屋」の大将からいきなり呼び出しがあった。
「なわないはん、すぐ来てくれんか。人手が足りんのや」
「はいはい、喜んで」
いいかげんパソコンに向かっている日が続いたので、二つ返事で引き受けた。

「引越しや。それが、さっき電話かかってきて、今からすぐに来てくれ言うんや」
「ずいぶん、急な引越しですねえ」
「明日、家の鍵を返さんとあかんらしい」
「何かあったんでしょうか?」
「ようわからんけど、精魂尽き果てた、て言うとる」

大将のスタッフ総動員。非力な僕も参戦。
と、玄関に入った途端、大将が怒鳴った。
「あんたなあ、話が全然違うやないか!きれいに梱包して後は運ぶだけ、電話でそう言うたん違うんか」
こっそり部屋を覗いて見ると、家の中はぐしゃぐしゃ。そのぐしゃぐしゃの真ん中に若い男性がしゃがみこんでいる。
確かに精魂尽き果てている様子。

「すみません。便利屋さんが来る頃には終わると思ってたんですが、大家さんが来て」
「大家がどなしてん」
「そして、長い間、話し合いをして、それで……」
「煮えきらんやっちゃなあ」
「せっかく来てもらったんですが、滞納してた家賃を払えって、で、払ったらお金が……」
「…………まさか、金がないのか?」
「…………はっ、はい、すみません」
「このがきゃー」
大将がその住人の胸倉をつかんだ。
拳を大きく上げた。
「ウソついた上に金も払わん言うわけかーーーーーーーーー」
すごい形相だった。
これまで5年間付き合ってきて、温和な大将がこれほど大声で怒鳴ったのは初めてだった。
住人は観念して目を閉じた。
大将の拳はずっと上がったまま。
長い長い沈黙が続いた。
と、ゆっくりと大将は拳を降ろし、僕を振り返った。
こんどは長い間、僕を見た。
そして、こう言った。
「なわないはん、あんたみたいな友達にムリ言うて来てもろて、おまけに今日は金にはならんけど、どうか手伝うてくれへんやろか。友達のよしみや。これ、この通り」
大将は僕に深々と頭を下げる。
「えっ?ええ、まあ、あの、いい、ですよ。暇、だし」
「ありがとうな。さあみな、ええか、作業開始や」
大将の意外な言葉に僕らは驚いた。
もちろん、それ以上に驚いたのは当の住人だった。
ぽかんと口を開けて大将を見ていた。

「こんなにギリギリになるまでホッタラカシにしよって、ええか、兄ちゃん、お前も運べ、こらー!わかっとんか」
「はっはい。すみません、手伝います」
「あほか!手伝いますちゃうわい。お前の家やろ!」
「こらーお前らもさっさと働け」

大将は始終、険しい顔をして無口で働いた。
引越し以外に、むちゃくちゃ汚れていた部屋の掃除を終えたのは夜中だった。

深夜まで開いている居酒屋でひとしきり空腹を満たして、大将の機嫌も幾分落ち着いた。
僕はそれを見計らって大将に聞いてみた。
「どうして引き受けたんですか?」
大将は僕の質問を待っていた様だ。
うれしそうに笑って言う。
「あんなあ、ワシはこの便利屋言う仕事始めて、最近、よう思うんや。わしらは歪(ひずみ)の商売なんやなあ、言うてな思うんや」
「歪?」
「ああ、歪や。なあ、なわないはん。あんたが引越しするんやったら誰に頼む?」
「今なら大将を知ってるから大将に頼みますけど、そうでなければちゃんとした引越し業者に頼むと思います。まあ、高いでしょうが安心ですし」
「そこやねん」
「ただ、きっとかなり高いでしょうから、友達に手伝ってもらったりして、経費を安く上げるとも思いますが」
「そこやねん」
いつもの焼酎のレモン割りを飲みながら大将は続ける。
「あの兄ちゃんは社会の歪の代表やと思たんや」
「歪の代表?」
「ああ、そうや、歪の代表や。考えてみ、計画性はない。金も無い。友達もおれへん。体力もない。そして、だらしない。パーフェクトなワシらのお客さんや」
「……」
「どれか一つでもあの兄ちゃんにあってみ。絶対ワシらなんかには頼れへん。そやけどな、あの兄ちゃんはワシらみたいな得体の知れん人間に頼まなしょうがないんや。ほんで、そんな人間が世の中にはうじゃうじゃおるんや」
「……」
「そんなワシらのお客さんの代表を、ワシは殴りそうになったんや」
「……」
「ワシはこれまでもこれからも付き合わなあかんねん。そんな社会の歪みの中に弾き飛ばされたお客さんとな……」
大将は一気に焼酎のレモン割を飲み干す。
そうか、大将を拳をあげながら、ずっとそんな事を考えていたんだ。

確かにそうだった。
「車椅子で天井の電気の傘を換えられない人」
「お金がないから1千円で用事をしてくれと頼んで来た人」
「話し相手が欲しいと何度も電話をかけてくる老人」
「ゴミ屋敷に埋もれた若い女性」
みんな、普通ならば普通なのに、普通でないから歪みに追いやられてにっちもさっちもいかない人たち。

「ほんでな、実はあの時な、あの兄ちゃんを殴りそうになった時、二つ賭けをしたんや」
「賭け?」
「ああ、一つはこの兄ちゃん、金、払うかどうか。この賭けの結果はまだわからん」
「まあ、あれだけの事をしたんですから、いずれ払ってくれるでしょうね」
「ああ、それからもう一つ」
「もう一つは?」
「あんたや」
「僕?」
「ああ、そや。賭けと言うより出来レースやけどな」
「何ですか?その出来レース」
「あんたに聞いたやろ、なわないはん、金にならんけど手伝うてくれるか、って」
「ええ」
「あんたはどう答えた?」
「まあ、暇だしって」
「そのYESに賭けたんや」
「何でまた?」
「あの兄ちゃんに聞かせたかったんや。見せたかったんや。友達は大事やで、言うてな。次に困った事あったら、ワシらに頼むな。それよりもええ友達作れ、ほんならワシらを頼らんでええやないか、そう思てほしかったんや」
「……ほんとに、人を何だと思ってるんですか!で、もし僕がイヤです帰りますって、言ってたら?」
「がはは、簡単や。賭けはワシの負け。ワシも帰えっとる」


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なわない 【おとなの絵本】

Author:なわない 【おとなの絵本】

スピーチライターやってます。

「うらない」じゃなくて、「なわない」
うらないとかに頼らずに、自分でなわなう。
うらなわないから、なわない。

おとなの絵本の作者です。





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