僕の阪神・淡路大震災 八、神戸は死んだ。

僕の阪神・淡路大震災 八、神戸は死んだ。

三日目。
弟が来てくれた。
仕事場の山梨から、なんとか駆けつけてくれた。
当時の彼の車はジープだったので、関係者だと思われて検問も何とか通過したという。
(もちろん、そんな車でないと瓦礫の山を通って来れるはずは無いが)

親戚に水が欲しいと言う。
でも、ここも水が無い。
一緒に車に乗って被害の少ない西へと走った。
たかだか30分も走ると、当たり前の光景だ。
何事もなかったように店も開いている。
ラーメン屋に入った。
トイレで水が出た。
「おい、水だ」僕はそう言った。
「ほんとに水だ」弟もそう言った。
僕たちは顔を洗って、手を洗って、うがいをして水を飲んだ。
ラーメンが来た。弟が言った。
「あかんわ、お兄ちゃん、僕だけ食べられへん。僕らだけこんな美味しいもん、食べられへん」

まず自分の実家、家内の実家、僕の家に水が必要だ。
この辺りの水を持って帰えろうと、入れ物を探した。ボコボコの国道沿いに雑貨屋を見つけた。普通のゴミバケツに「8000円」と汚い字で書いてあった。それでもいいと、買った。

その足で初めて、神戸に帰った。

弟のジープが何度も倒れそうになるほどの瓦礫を超え、待っていたのは廃墟だった。

ああ、神戸は死んだと思った。

道路は割れ、信号機はへしゃげ、サイレンがいたるところで鳴り、黒煙が立ち昇り、怒鳴り声が響き、とぼとぼと家族連れが手をつないで歩き……。

兵庫区に入った。
テレビで何度も映されていた三菱銀行を通った。
骸骨の様にブラインドが垂れ下がった本物を見た瞬間、体中の震えが止まらなくなった。
がくかぐ揺れるジープより自分の震えの方が大きかった。

家のそばまで来た。
5階建ての大手スーパーがきれいに潰れ、三角錐になっている。その三角錐の所々に、焦げたマネキンが、異様な色で光っている。『どう、私は死んだのよ』と言っている様だった。

「兄ちゃん、すごいやろ」と弟。
僕は、ジープの中で身体をこわばらせながら、安全な明石のファミコンショップに戻りたいと思った。


「僕の阪神淡路大震災」シリーズ これまでの記事はこちらです。


jisin9
<廃墟と化した街>


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コメント

こんばんは。
・・・
想像以上です。やはり。
テレビの映像もすごかったですが、こうやって、なわないさんの文章を読んでいると、ひたひたと恐怖が迫ってきます。
なかなか言葉がみつからなくて・・。
うまくコメントできなくてゴメンナサイ。
また来ます。

そうでしたね・・

こんにちは。
そうですよね、本当に、そうでしたよね・・
私はこの時、宝塚市逆瀬川で被災しました。
あの時の、家の周りの ガスのにおいと、
線路がぐにゃりと曲がっているさま、
宝塚駅付近の家の 2階の屋根が目の前にある現状 (つまり家がぺっしゃんこ)
あの光景は忘れる事ができません。

現在は関西を離れていて、いまを知る由もありませんが、

いつか・・帰りたいです。

町並みが元に戻ったとしても、
あの日 失われた命は、決して戻ることがないからです。

少しでも当時の現状を知る手立てになる記事と思います。
ありがとうございました。

ことりさんへ

こんにちわ。
ほんとに書くまで決心がいりました。
当日は神戸市役所の慰霊祭にもいきました。
「書けない人」もいるんだと思ってかいてます。

ぷぅちゃん☆さんへ

書き始めた頃、「思い出すから書くな」とお叱りをいただくのではと心配していました。そう言っていただくと心強いです。ありがとう。
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プロフィール

なわない 【おとなの絵本】

Author:なわない 【おとなの絵本】

スピーチライターやってます。

「うらない」じゃなくて、「なわない」
うらないとかに頼らずに、自分でなわなう。
うらなわないから、なわない。

おとなの絵本の作者です。





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